問題点ははたしてほんとうに問題になる?
この野菜は苗を植え替えて、3日目の状態。
皆さんならこの状態でどうしますか?
水をどれくらいあげますか?
枯れてるのは果たして問題になるのかどうか?
状況によりますが。
4日後に、また写真をアップしよか。
つい最近、お話を聞く機会があったスーパーの売り上げ部門のチーフのお話。
売り上げ部門のチーフの仕事は、売り場で働いているスタッフの管理をするお仕事。
いやー、売り上げ部門のフレンドさんで、
Aさんっていう人がいてさー。
自分のことは全然反省したり、振り返ったりしないんだけど、
やたらと売り場の周りのスタッフのことは色々目につくのか、
あのスタッフは全然愛想良くないわー。
とか
あいつは仕事手抜きながらやってるー。
とか
あの人は、こういう仕事得意だけど、
あの仕事はまだまだだなー
と
人の告げ口ばかり。
周りのスタッフからは、aさんは人の悪口ばっかりいって自分のことはからっきしでほんと性格悪くてやだよねー。
と周りのスタッフからも嫌われている状態。
そんな現場を見て相談に乗っているチーフが行った教育、指導とは?
人のことばかりあーだこーだ言う前に、まず自分のことどうなの?って
普通いってしまいがちですね。
ですが、チーフのとった手段とは?
Aさんの得意な周りの人の動きをよく見て、
ぶつぶつ文句を言うという事柄を
発想の転換で!
人の動きをよく見て違いに気づくことやその人に足りていないことを見つけるのは
こいつは得意だね。
そしたら、それを使ったらいいじゃんという
手段を用いました。
チーフはというと、ことあるごとに
Aさんに話しかけ、あのスタッフのあんな動きや売り場での仕事効率が良いねー。
もっと君も真似てみたらいいかもねー。
と声かけをしてみたり
あのスタッフは、いつもおんなじある失敗するよなー。原因はこれだよなー。
Aさんも、よくおんなじ失敗するよなー。
ガハハ笑
と自己認識を促す一言。
するとですね。そのAさんは
周りの人の良い所をよく見るようになり。自分の仕事のことを振り返り、より良くしようとする試みをするする。
これだけでも、レベルアップです。
さらには、周りのスタッフに声をかけ、もっとこうしたら良くなるよー!!
と発言するようになったと!(◎_◎;)
アドバイスをしたり、
逆にスタッフに仕事の悩みやどうしたらもっと良くなるか相談にのるようになり
次第に、売り場のリーダー的存在になっていった。
という小話。
すげーな。チーフ!!!
はたからみたら、人のことばかり見てしまう。
問題点。
まずはそれを認識することから始め、
人ばかり見てしまう中身の質を変えていくことで、
内なる自分の傾向に気づき
自分で対策を立てて振り返るようになる。
最高ですね。
セラピーでも、気をつけなければ、
問題点は本当に問題点なのだろうか?
再考しよう。 ファシリテーションとは?
遊具を登っている我が子と支援するわたし。
私は子供が安全に、斜面を登ることをしえんしているつもりです^^
しかし、
私が、子供の登るという行動により、pfcが
ファシリテーションされています笑
子供は、この後
滑り台を一緒に滑りたいという目的のためにこの斜面を登るという促通手段を使っています。
ファシリテーションというのとは日々の生活はもちろん、臨床現場でも使われています。
会議などの場面では、
ファシリテーション(facilitation)とは、人々の活動が容易にできるよう支援し、うまくことが運ぶよう舵取りすること。集団による問題解決、アイデア創造、教育、学習等、あらゆる知識創造活動を支援し促進していく働きを意味します。その役割を担う人がファシリテーター(facilitator)であり、
会議で言えば進行役にあたります。
進行役は、舵取りをしますが、
実際に問題を解決していくのは、会議に参加しているスタッフのみんなということになります!
では、理学療法という臨床現場に置き換えると??
主に脳卒中の方を相手にしていますが、
神経生理学的アプローチの中で言われている
促通とは、
神経及び筋骨格系を再教育することを目的としています。
本人自身が能動的に自己教育できれば良いのですが、教育or矯正になってしまっていないか?
注意が必要です。
促通は患者が慣性に打ち勝ち機能的課題を始め、継続し、そして完了するという、能動的な学習プロセスの一部と書いてあったりもします。
この表現だと少し良いかな?と思うけど、文章が難しいな。
行為を容易にするために、
今この瞬間の自分の状態をまず知ること。
行為の最中に入力されてくる感覚と固有感覚を受け取り、
多様な運動パターンの中からより楽な動き方を自ら発見できること。
そのものが本人自身が日々行っている促通になります。
皆忘れがちなのは、
自ら促通を日々行っていること自体に気づいていないようです。
気づけば皆変われるんだけど。
もしくはちっちゃい変化を認識していないことも多いです。
促通手技を用いて他動的に神経筋が一時的に
活性化されれば
その瞬間のやりたいことは一度楽にできるかもしれません。
が、他人の手がなくなれば、また出来なくなる。
次の日には戻ってる。ってなりますと
また出来たことができなくなる。
一人ではやっぱり出来ないんだと
思い知らされることになるかもしれない。
であるならば、自分は
治療者よりも!
ファシリテーターになりたいものです。
そして、必要に応じて、必要最低限な支援ももちろん必要になるでしょう^^
対象者が上手く事が運ぶように舵取りをするのですが、方向付けをした上で、
どの道を選ぶか決めるのは本人次第なのです。
セラピストは、
難しすぎず、簡単すぎない文脈を用意する事。
多様な運動パターンの比較をすることが容易で楽な状態、空間を提供すること。
必要に応じた制約や重力場を作ること。
変わっていることを認識してあげること。
共有すること。
これだけで、結構みなさん変わります!!
ハンドリングや言葉の指導が過度になりすぎて
本人の主体を奪ってしまうと、
学習の効果は大幅に減少してしまいます!!
普段から様々な文脈により、心も体もファシリテーションされています。
それに気付ければ日常の色んなことがなんと楽しいことか(^^)
気づけるかどうか?は自分次第!
ほんとに運動主体感を伴った日常の経験
ここ数年、日に日に字が汚くなりなんだこれは?と思う日々。
調子よく字が書ける時と書けない時。
気分が良い時や
動きの学習をした後
気持ちがゆったりしているときは
何だか字がきれいに書けるんです。
逆に書くことそのものを急いでしまうと
殴り書きのようになってしまう。
自分がわかればいいや。
物書く時間📝ももったいない。
けど、書かなきゃ頭悪いから覚えてられんし。
とにかく書こうって時には、
まあまず、汚ったない字を書きます。
だし誤字脱字しまくり。
直すこともしない。
終わってます笑
思った以上にゆっくり動いている方が
ペン先の動きと自分の手のフィット感、目線の動きがリンクしている。
つい、この前
動きの学習をした後に
振り返りで、自分へのメッセージとして、
まとめた内容を書いていると
ペン先が走るなー、調子良いなーと思ってスラスラ書いていると思ったら…
ペン先はよく走るんだけど、なんだか
ペンに✒️書かされているかのような感じで
ペン使いは楽に行えるはずなのに、
なんだかそこに自分が主体になって目的に沿ったことをかけていないような気がして
チグハグな気持ちになりました。
これはいかん。とペン先をゆっくり、ゆったりとした気持ちで書きはじめると
今度はペン使いと身体の動きがリンクしてきました!!
ゆっくり物を書いていると、
目的の大前提を思い出したのです。
今回については、少し未来への自分へのメッセージでもないけど、警告のような内容を書いていました。
仕事現場ならば
報告書であったり
申し送りであったり
添書であったり
誰かに向けたメッセージや日頃の感謝を伝えるならば
相手に何を伝えたいのかを明確に考えて
書くでしょう。
物を書くにも
伝えたいことを明確にイメージしながら
ゆったりとした気持ちで書けば
字は自ずとキレイになります。
し、ゆっくりと字を書く過程で、
書いてある事柄を頭の中に焼き付けられるので
書いてあること自体忘れないようになるもんです。
当たり前のことなんだけど、日々のことを
丁寧に。落ち着いてやろう!
遊び心
子供用のスコップ?シャベルで遊んどります笑
長い連休。子供も小さいし、遠出を避けよう。
ということで、平成最後の日から令和にまたがって挑んだ子供の砂場作り👶
いや〜楽しかった!!
作ってる自分が結局一番楽しかったわー笑
中学校の技術の通信簿は5段階の2
小学校の図工も5段階の2
自慢じゃありませんが、モノづくりの苦手ときたら半端じゃありません?
が、子供の為と始めた砂場作りであったものの
やったことは、なんとシンプルなことなんだけど、悪戦苦闘!
木枠作るために、 木を四角に形成。
穴をひたすら掘り穴の🕳形を整える
防草シート貼り。
砂を入れる
なんですけど、奥が深い奥が深い。
楽しいわー!!
まず、穴掘るのに🕳
粘土質で固めの地層。
普通の剣先スコップなんかじゃ入らないしー。
地道に園芸用のシャベルで
土を削る削る削る。
余りにも土が硬かったので、掘るのではなく
削ることにした。
そんなの木枠の下の枠部分だけで、半日かかり
ゾッとして。
木枠の中の間のスペースはあまりにも広いので、さてどうする??
と考えた結果。
これです。ツルハシ。
土を掘るのではなく、砕くことにしました。
これなら多少の石も砕けました。
し、コツはまっすぐ垂直に落とすこと。
ツルハシ自体が重みがあるので、
ふりあげさえすれば、後はほとんど力いらない。
すると深く剣先が突き刺さり、地中深く穴が空きますのでいっぱい穴が🕳あいたら
穴の点と点を合わせるようにほじると
けっこう穴掘りやすかった。
もっと、一気にほれないかなーと考えた結果。
家にあった
はたけを耕すのに使うこれ!!
鍬です!!
これなら面積広いし、いっきにほれんじゃない??てやってみたら、
掘れるけど、鍬にめっちゃ粘土質の土がこびりつくじゃん笑
そういうときはこれ!
唐鍬といいます。
実際には、使ってはいませんが笑
肩の部分が丸くなっているので、平たい鍬より
土離れが良い。しかも、平鍬より刃が厚みがあるので、なおさら土に食い込みやすい!
通称タケノコ鍬ともいうみたい。
タケノコが美味しい山の土は粘土質らしい!
いやー、こう色々やってみると
物も用途によって使い分けるとなんと効率が良いことか!!てか考えて同じ土をいじる道具でもこうも文脈に応じて人は道具を作り、使いこなすか?すげぇーなー。と思います。
こうやって、失敗したり
また色々試したり悪戦苦闘している
このトライアンドエラー。
そして、成功へたどり着くまでのプロセスというのは
いかに臨床でいつも仕事していることと
同じクニリカルリーズニングなんだー!!!
一人納得!!
日々小さなことでいっぱい失敗して、傾向と対策をして振り返る経験をすることで
いざ、という瞬間にとっさに効率の良い一手がでるもの。
一か八かの勝負がうまく行くのは、
普段からーから8通りまで色々試して小さな失敗や自分の傾向に気づける人がうまく行くのかな。
穴を掘りながら、自分の身体にもともと備わっている武器、道具を穴掘りの中でどれだけ発揮したのかは分かりませんが、
楽しんだ後の身体の動きはめちゃめちゃ快適に組織化されて、連休明けの仕事にすっと入れています!!!
さあ、次は何してあそぼー??
コーヒーの原点とは?
これは、世界初のコーヒーハウス16世紀半ばのヨーロッパの方がコーヒーを飲んでいる姿。
コーヒーって、普通
フィルターで濾して飲むもの。 です。
今では、一般的です(^^)
最初のコーヒーは濾して飲むものではなかった模様。
が、本当のコーヒーの原点は、エチオピアの婚礼を行う成人女性が、儀式として
コーヒーを、式に出ている方や夫へ振る舞うことが始まりだったそう。
その頃には、フィルターなどなく、
フライパンで
煎った豆を
臼で
すりつぶして
お鍋で
水と撹拌させながら沸騰。
コーヒーカップに
注いだり、お鍋に戻したり。
しながら味を整え飲んでいたとのこと。
これでは、
細かくした豆の粒は水より重いから沈殿するので沈殿した豆以外を注げばコーヒーになります。
世界初のコーヒーハウスショップは
トルコで生まれました🇹🇷。
ヨーロッパで大流行し始め、もっと美味しく飲めないか?と当時の人達が考えた挙句、
沈殿していない大きめの粒が、撹拌しているコーヒーの原液☕️の上積みに溜まっているものを
取ったら、
ザラザラしなくて美味しくなるかも?
って考えて、上の方を、布で濾して見た所。
えっΣ(・□・;)
上澄みのとこめっちゃ美味いじゃん😋
って発見から上澄みの所だけ飲むようになったのが
トルココーヒー🇹🇷の始まり。
コーヒーショップとしての
商品化したコーヒーとしては
このトルココーヒーが原点となっているみたい。
それが通称イブリックコーヒー。
その名の由来答えはここにあります笑
ナルホドー。
それよりも!!!
物事の発見って予期しない所から波及しておきるもの。
世紀の大発見って、その時には、嘘でしょー。
ありえるー??って
突拍子もないことが後々証明されて
通説になっていくことってよくあります。
勿体無いけど実は上澄みの方が、
コーヒーの味☕️本来の美味しい味が溜まるもの。
これがデミタスカップの始まり☕️!!
繋がると面白い🤣
大発見をする人は普段から、色々試して違いを感じている人に
ふと予期せず、起こるもの。
大事なことは
ゴルジロックス。
非習慣。
発見は予期できるものでは決してない。
ペーパーフィルターの次は、
王道のネルに行こうと思ってたけど、
あえての
イブリックコーヒーに行く事に決めました^^
イブリックコーヒー
飲みたい方はここ。
穴場すぎて見つけるの難しいですが
居心地のよい家。
キッチン側から撮ったリビングの写真。
決してすごい綺麗な部屋にしてはいない、?
できていない?が
ある部分は整理整頓しようと心がけている。
その場所とはキッチンのシンク周りの建具
白くなってる場所。
人が行き交う場所であるし、何となく、ごちゃごちゃと物を置きたくなる場所です。
すぐ片付けるから!とすぐ物を置きたくなります。
その建具の場所を綺麗にする目的は、
どうしても家族が家事をする時に忙しく人が行き交う場所となりやすいキッチン周辺の建具の周り。
必要なものがいつも、整理整頓されて各場所に収納されていれば、一番忙しく家族が動く台所周りがゆったり落ち着いて動ける空間になる。
と自分の中の緩い
制約または
約束事にした上で、日々整理整頓に励む。
ここに置いてある物は
いつもどこにしまってるんだろう??
って、混乱混乱。
しまってある場所すら気づいていない?
知ろうとしていなかった💦ことに気づく。
そして覚える^^
ことで、物を出したりしまったりする時に、効率よくとることができる。
それから、いろいろな物が煩雑して置かれていた物が適材適所にしまわれることで、台所周りに人が集まらなくなって、
料理を作る家族が、余裕を持って動ける!
し、シンクの後ろ側の収納棚の周りにごちゃごちゃ物が溜まっていくと、
よりごちゃごちゃに物が置かれてしまっていることに気付きやすくなった。
家族も一緒になって、物をしまうようになってくれた。とか
色々波及することがあったが🤭。
一番波及したこととは、
例えば。
料理を作っている時に
お母さんが子供がおとなしく椅子に座って、遊んでるかな??と見渡すことができ、
落ち着いてくれたり
椅子に座ってる子供が、キッチンで料理をしているお母さんの顔が見れること。
お互いが目を合わせて、安心しながら、お互いがやりたいことを出来る。
そんなやり取りを子供の横で一緒に、遊んでいる自分も安らぐ。
居心地良いなー^^
整理整頓していくことで、思ってもいない波及が生まれたりするもの。
ただ綺麗にすることを目的にしているわけでなくて、それは手段なので。
これからも続けられていけます。(^ ^)
なぜこの形なの??
このコーヒーカップの形。わりと珍しい形かなー。
普通のイメージは??
こんな感じが多いでしょうか??
最初の方は取っての所、高くない??って思いますが、
普通にコーヒーカップ掴んで飲んだら
肘、肩はるでしょう。
て想像できます!!
しかし、
使ってみるとしっくりくるんです。
何故でしょうか??
自分の目線が水平になる場所にほど近い
所に、コーヒーカップの取っ手があります。
つまりは、カウンターテーブルの高さがすごい高い所にあるんです。
なので、取っての位置がコーヒーカップより上にある方が、
ここのお店の状況からすると、
カップが手に取りやすく機能的なのです。
カウンターテーブル側の床の高さと、作業する側の床の高さがほぼ同じ。
そのカウンターテーブルは奥行きが広く、店員とお客さんで共同のスペース。なっている。
ので、店員さんが作業をしやすい高さの台、
かつもちろんお客さんが使いやすい台の高さでなくては、いけない。
普通に使うと、お客さんからすると台の高さがかなり高め。
座った状態の胸の高さがこの辺。
ずいぶん高いなーと思う台の高さ。
なので、このコーヒーカップの形。
この形で納得。
実際に来てみないと理解してもらえないでしょう笑
お店側が、何を優先した空間づくりをしているのか?
ある環境下で美味しくコーヒーを飲んでいただくために、どのような工夫がなされているか??
椅子の高さや台の高さだけではなく、
コーヒーを飲むためのカップの形自体をその人が持ちやすい
取っての形を機能的にデザインしているなー。
と感心!!
発想力を豊かにして、その人が機能的になれるために、身体の動きのシステムをどうするべきか?
周りの物や環境そのものをどうデザインするか?
アフォーダンスですかね^^
もちろんコーヒー美味しいですよ。
どちらかというとフレンチの方が美味しい。深焼き好きの方はあり。
スイーツも美味しい(^^)
ミンガスコーヒー☕️
大通りにおとづれた方は是非カウンターへ(^^)
ビルの7階で場所わかりづらいですが笑