コーヒーの原点とは?

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これは、世界初のコーヒーハウス16世紀半ばのヨーロッパの方がコーヒーを飲んでいる姿。

 

コーヒーって、普通  

フィルターで濾して飲むもの。  です。

 

今では、一般的です(^^)

 

最初のコーヒーは濾して飲むものではなかった模様。

 

が、本当のコーヒーの原点は、エチオピアの婚礼を行う成人女性が、儀式として

コーヒーを、式に出ている方や夫へ振る舞うことが始まりだったそう。

 

 

その頃には、フィルターなどなく、

 

フライパンで

    煎った豆を

臼で

    すりつぶして

お鍋で

    水と撹拌させながら沸騰。

コーヒーカップ

    注いだり、お鍋に戻したり。

 

しながら味を整え飲んでいたとのこと。

 

 

これでは、

細かくした豆の粒は水より重いから沈殿するので沈殿した豆以外を注げばコーヒーになります。

 

 

世界初のコーヒーハウスショップは

トルコで生まれました🇹🇷。

 

ヨーロッパで大流行し始め、もっと美味しく飲めないか?と当時の人達が考えた挙句、

 

 

沈殿していない大きめの粒が、撹拌しているコーヒーの原液☕️の上積みに溜まっているものを

取ったら、

 

ザラザラしなくて美味しくなるかも?

って考えて、上の方を、布で濾して見た所。

 

 

えっΣ(・□・;)

 

上澄みのとこめっちゃ美味いじゃん😋

 

 

って発見から上澄みの所だけ飲むようになったのが

 

 

トルココーヒー🇹🇷の始まり。

コーヒーショップとしての

商品化したコーヒーとしては

 

このトルココーヒーが原点となっているみたい。

 

それが通称イブリックコーヒー。

その名の由来答えはここにあります笑

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ナルホドー。

 

 

それよりも!!!

 

 

物事の発見って予期しない所から波及しておきるもの。

 

世紀の大発見って、その時には、嘘でしょー。

ありえるー??って

 

突拍子もないことが後々証明されて

通説になっていくことってよくあります。

 

 

勿体無いけど実は上澄みの方が、

コーヒーの味☕️本来の美味しい味が溜まるもの。

これがデミタスカップの始まり☕️!!

繋がると面白い🤣

 

 

大発見をする人は普段から、色々試して違いを感じている人に

ふと予期せず、起こるもの。

 

 

大事なことは

 

ゴルジロックス。

非習慣。

発見は予期できるものでは決してない。

 

 

ペーパーフィルターの次は、

 

王道のネルに行こうと思ってたけど、

 

 

あえての

イブリックコーヒーに行く事に決めました^^

 

 

イブリックコーヒー

飲みたい方はここ。

穴場すぎて見つけるの難しいですが

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居心地のよい家。

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キッチン側から撮ったリビングの写真。

決してすごい綺麗な部屋にしてはいない、?

できていない?が

ある部分は整理整頓しようと心がけている。

 

その場所とはキッチンのシンク周りの建具

白くなってる場所。

 

人が行き交う場所であるし、何となく、ごちゃごちゃと物を置きたくなる場所です。

すぐ片付けるから!とすぐ物を置きたくなります。

 

その建具の場所を綺麗にする目的は、

 

 

どうしても家族が家事をする時に忙しく人が行き交う場所となりやすいキッチン周辺の建具の周り。

 

必要なものがいつも、整理整頓されて各場所に収納されていれば、一番忙しく家族が動く台所周りがゆったり落ち着いて動ける空間になる。

 

と自分の中の緩い

制約または

約束事にした上で、日々整理整頓に励む。

 

 

ここに置いてある物は

いつもどこにしまってるんだろう??

って、混乱混乱。

しまってある場所すら気づいていない?

知ろうとしていなかった💦ことに気づく。

そして覚える^^

 

ことで、物を出したりしまったりする時に、効率よくとることができる。

 

 

それから、いろいろな物が煩雑して置かれていた物が適材適所にしまわれることで、台所周りに人が集まらなくなって、

料理を作る家族が、余裕を持って動ける!

 

し、シンクの後ろ側の収納棚の周りにごちゃごちゃ物が溜まっていくと、

よりごちゃごちゃに物が置かれてしまっていることに気付きやすくなった。

 

 

家族も一緒になって、物をしまうようになってくれた。とか

 

色々波及することがあったが🤭。

 

 

 

一番波及したこととは、

 

 

 

例えば。

料理を作っている時に

 

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お母さんが子供がおとなしく椅子に座って、遊んでるかな??と見渡すことができ、

落ち着いてくれたり

 


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椅子に座ってる子供が、キッチンで料理をしているお母さんの顔が見れること。

 

お互いが目を合わせて、安心しながら、お互いがやりたいことを出来る。

 

そんなやり取りを子供の横で一緒に、遊んでいる自分も安らぐ。

 

居心地良いなー^^

 

整理整頓していくことで、思ってもいない波及が生まれたりするもの。

 

ただ綺麗にすることを目的にしているわけでなくて、それは手段なので。

 

これからも続けられていけます。(^ ^)

 

 

 

 

 

 

なぜこの形なの??

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このコーヒーカップの形。わりと珍しい形かなー。

 

普通のイメージは??

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こんな感じが多いでしょうか??

 

 

最初の方は取っての所、高くない??って思いますが、

 

 

普通にコーヒーカップ掴んで飲んだら

肘、肩はるでしょう。

て想像できます!!

 

しかし、

 

使ってみるとしっくりくるんです。

何故でしょうか??

 

 

自分の目線が水平になる場所にほど近い

所に、コーヒーカップの取っ手があります。

 

 

つまりは、カウンターテーブルの高さがすごい高い所にあるんです。

 

なので、取っての位置がコーヒーカップより上にある方が、

ここのお店の状況からすると、

カップが手に取りやすく機能的なのです。

 

カウンターテーブル側の床の高さと、作業する側の床の高さがほぼ同じ。

 

そのカウンターテーブルは奥行きが広く、店員とお客さんで共同のスペース。なっている。

 

 

ので、店員さんが作業をしやすい高さの台、

かつもちろんお客さんが使いやすい台の高さでなくては、いけない。

 

普通に使うと、お客さんからすると台の高さがかなり高め。

 

 

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座った状態の胸の高さがこの辺。

ずいぶん高いなーと思う台の高さ。

 

なので、このコーヒーカップの形。

この形で納得。

 

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実際に来てみないと理解してもらえないでしょう笑

 

お店側が、何を優先した空間づくりをしているのか?

ある環境下で美味しくコーヒーを飲んでいただくために、どのような工夫がなされているか??

 

椅子の高さや台の高さだけではなく、

コーヒーを飲むためのカップの形自体をその人が持ちやすい

取っての形を機能的にデザインしているなー。

と感心!!

 

発想力を豊かにして、その人が機能的になれるために、身体の動きのシステムをどうするべきか?

周りの物や環境そのものをどうデザインするか?

 

アフォーダンスですかね^^

 

もちろんコーヒー美味しいですよ。

どちらかというとフレンチの方が美味しい。深焼き好きの方はあり。

スイーツも美味しい(^^)

 

ミンガスコーヒー☕️

大通りにおとづれた方は是非カウンターへ(^^)

 

ビルの7階で場所わかりづらいですが笑

 

 

喫茶店あるある! あなたはどっちが好き?

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ついこの前  参加した

噂のGTM  今回はイモムシに

脚?足?が生え始めました。

 

また自分の現在地を把握でき、分かった気になららず、ずぶ濡れになっていた所の把握、気づきがいっぱい過ぎるほどありました笑

 

人が元々持ち合わせている大事な大事な

機能的な必需品。である傘☂️

 

脚のダイナミックな4つのコーナーストーンの力。  

忘れちゃならないwormの動き、そして意図。

 

地球の力  上と下の力を上手く組み合わせながら、

 

ニュートラルな位置で

高い水平線が感じられてきたら

そこでは、身体の中心から上にも下にも同時にギューてなる感じ笑

 

意図に基づいて安全に行為を遂行できるために影のように付き纏う姿勢制御。

 

 

そして、実は手の支柱の役割やフェルデンクライスの真骨頂。螺旋の動きも組み込まれていました。  

可塑性のあるプラスティックの下敷きの作用。

ギュー、ポン。分かる人には分かる話。

 

 

分化、未分化、組織化、過不足のない均一化、頭尾の関係、質の良さとは?、場の変換、往復運動、屈曲と伸展の切り替え、

 

あまりに多くの碁石が組み込まれていました笑。

 

 

受講者は傘である4つのコーナーストーンを軸にしながら

各々が何かしらの碁石を持ち帰ったんだろうなー。

 

 

 

自分もそうだけど、自分で実践して理解した碁石というものは持ち帰った後また振り返って確認すること、自然としてるんだよね。

 

 

 

与えられたガイドに対して

自分がどう感じて!

               どう考えて!

                     どう行動に移し、  

                       実践しなきゃ意味なし。

              そして、内省するか^^

 

あー楽しかった!!ワークショップの中だけで終わらさず、毎日をいかに過ごすか??(^^)

 

 

話は、だいぶそれましたが

最初のコーヒーカップとスプーンの置き方の2種類どちらがお好きか?

 

ゴルジロックスですね。

どちらが正しいとかじゃなく、その

置き方に対して自分がどう受け止めて、

使用して自分にとって使いやすいかどうか?

 

ただそれだけですね。

なにが、一般的?なのではなく

決めるのは本人自身。

 

自分は後者の置き方(^^)

 

予想もしない応答をお互い楽しみあう

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統合失調症の方の関わりの続き。

 

少しずつ、無意識レベルの応答が早くなって、バリエーションのある動き方ができるようになってきたんです。

 

おはようございます😃と挨拶したら、

目を合わせてから行きますか!

と言えるようになったりー😄

それだけで、今までの経過からしたら

信じられません。が予想はまだこえてませんでした^^

 

普段の歩きの姿はだいぶイキイキとはずむような動きになってきたのですが、何ともうつむき加減で、身体と目線がチグハグ状態。

 

 

上目遣いにしてみて下さいというと、これくらいしか見れませんと地平線よりも下を見てしまい、目線は常に見下ろす使い方。

 

無理に見あげようとすると今度はこしをそるような使い方に。そりゃつらいし、身体ボッコになるよね。

 

 

身体がボッコみたいで、固めているから目の動きも悪くなることもあるだろうし、

 

目の動きが滑らかでないのを何とかしようとした結果身体をいっぱい固めて使ってる場合もある。

 

 

といつも表と裏の両方を考えながら、こちらで答えを決めつけず、本人とただた検証を行ってみることに。   

 

 

この前は、目の動きを滑らかになっていくと、身体全体がどうやって応答していくかなー??という感じで探求ーー^ - ^

 

それで使ったものが、こちらの棒。

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理学療法士作業療法士がおなじみで使う??

棒体操とかすること多いのかな?

 

こちらの目的としては、棒の先端を目で追ってもらいながらリーチをしながら把持してもらうメニューを考案。

目と手の協調を促す状況にした時に、身体を果たしてフリーに出来るのかな??

という目的で実施。

 

初めてやる内容でしたので、警戒されないように、

こちらはどうやって内容をうまく伝えたら良いのかなー?と悩みながら、物品の準備をすることに!!

 

そして提示した時の本人の応答の仕方が、

考えもしない驚きのパターンが現れました💦

 

 

 

物品を提示した時の最初の応答は、

 

なんと

 

それで何するおつもりですか??

という

ムム、まずいぞっという応答。

えーとですねーとテンションコントロールしながらあれこれ考えてみた所、

 

本人にとってこの棒が支えに使うような

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なようにみえたのか?

 

 

指揮者の棒のように、指示を与えるための

棒に見えたのか??

 

 

うまい棒に見えたのか??

 

 

麺を伸ばす棒に見えたのか??

 

 

それとも如意棒のような武器としての棒に見えたのか??

 

 

何にせよ、これは警戒させてしまったのか??

と自分も冷静さを欠いたかなー??と混乱しそうになりました。

 

 

 

すると、本人の答え

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ですか??

 

 

まさか叩かないですよね??ಠ_ಠとコメント。

 

 

 

まずい、と緊張を上げてしまう自分。

 

 

 

その後、本人の応答として、

顔を赤くしながら叩いちゃイヤよ。と冗談交じりに笑ってるではありませんか笑笑

 

 

2人で大笑い!!笑

 

 

その冗談に応答してまた自分も冷静になり、

叩いてもそんな痛くないですよー笑と

ツッコミ返し。

 

 

てやった後のリーチ練習は

滑らかー   楽ー。

可動域制限あったはずの頭頸部が

動いてるわー。

 

見上げるの楽ー😄

周辺の人とか障害物ごどこにあるのか

事前に見渡されるように、なって

歩きながら人混みの中に入ってもそれほど身体を固めません。

 

 

し、いよいよ狭いところは、わざわざ無理しないで行かず、先に前から来る人に道を譲ってからゆっくり道を進めている現場を見て

安心しました。

 

 

この方はもうすぐ、退院間近。

困った時に、周りの環境や人に助けをうまく呼べる、使うと楽だよーって事をも少し覚えてもらおうー😄とまた強く思ったのである。

 

 

いやー、少し先のことなんて予測なんかできねーし、始まる前とか終わった後すぐに結論づけてしまうのは、

相手の実は潜在性を奪ってしまうことになるのだと。

 

 

そして、いつも目の前にいる相手との応答ややり取り一つ一つが自分のスキルアップへ結びついていることに気づくと、

本当に周りの方皆んなに感謝ですねー😄

 

わからないことをわからないものとして、受け入れ応答して、楽しんでいきます^ - ^

 

 

まさか、ツッコミキャラも持ってるのね笑

もうこの人はこんな人ってすぐに決めつけてしまうことやめよー^^

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後リハを始め、目線を使った動きに移ろうと、思った所

 

 

支援をするアシストはちょうどよくね!

アシストの量や質を適切に。

 

学習するのは誰?  

与えてあげたいと思うのは誰?

与えてあげたいと思うその心は悪いことではないのだけど、

そのヒトにとってそのギフトが必要かどうかわからないし。

 

 

そのギフトを貰うということに慣れ、自分で欲しい物を手にしていく大事な行為・活動をしなくなってしまったら御法度。

 

 

良い方を変えると、その場で変化が起き、適応できて楽に動けたという一時の出来事を

運動適応と言う。

→その後その変わった状態が日常やふとした時にどうなっているのだろう?という探究が行われなければまた次の日には戻っているということはざらにあり。

 

 

 

では、世間一般に言われる持続した運動学習が行われるためにはどうしたら良いのでしょう?

→〇まず楽しいこと

 〇続けたいと思えること モチベーション

 〇ほどほどに。休憩も大事です。   休憩している最中に脳の潜在的な学習は進みます。

 〇チャレンジ精神  7転び8起きでないけど、失敗も成功も楽しむ。

 →失敗を快適に楽しめる程度にすることを忘れずに。

 →人によっては、3/4回は成功することが必要になることもある。

 →大事なことは、何がそのヒトにとってかんたんか、複雑かを味わうこと。

〇発見したことを他の場面でも応用してみる 使い込んでいくうちに洗練されるもの

 〇疑うこと!?  本当に楽かなー?

 

 

 

 

書き出すとわかった気になってしまいがちですが、この運動学習を行なうのは果たして誰でしょうか?

 

 

本人です。  本人です。

 

そのサポーター役!? スーパービジョン役!? ピアビジョン役!?がセラピスト。

本人の運動学習をする大事な行為そのものを誰も奪ってはいけません。

 

相手が何をしているのか気づかせてあげて、本人すらセラピストですら知らない多様なつながりや行為に向かって行くことを共有する

共同学習者がわれわれ。

 

 

学生指導も同じ。指導はするのだけど、

まずしなきゃならんのは学生さんの今の状態の写し鏡になり、自分を深く知ってもらうということを丁寧にやっていくこと。

 

そのプロセスの過程で

得意なこと。

不得意なこと。  

避けてきたこと。

習慣的にしていること。

 

そして何をしたいのか?がハッキリして、

そしたら一緒にやってみっかー?

になるもんです。

 

これやると学生イキイキします!

これやりたいって自分で言いますよ!!

 

 

 

 

セラピストのよくあるある。

ほらー。そうそう。その感じ。それがこうなってこうなってるから良くなっているんだよ。違う。違う。ここに力入れてるから。抜いて。いや、間違ってるよー。というやり取り。

 

本人が応答する前に、そうそれ今良い感じだよーて洗脳したり、応答しきれていないのに、無理やりどうだったー?と聞いてしまったり。

 

うんざりですね。笑い。でもたまにやります笑

 

 

治療でよく行なう自動介助運動。 

それが過介助や誘導になっていないだろうか?

そもそも応答のない人は存在しません。

気づいてないだけ。

気づきが起きる時に、

時には方向

本人が自律的に動けるように、最低限の介助(アシスト)を併用した運動のこと。

 

では最低限の介助というのはどういうことだろうか?

こちらのアシストの量のボリュームを多くした所から少なくしていき、本人が自分でやっているという主体感の生じてくる状態にいく、折り合い地点を見つけること。

→危険なのは、最初にたくさんのアシストをしていくこと。

 

本人が自分で見つけて行くであろう、動きのアイデアをどんどん無くしていく恐ろしい介助になりがち。

 

アシストにも、色々なものがあるなーと思って。

量もそうだし、差異を感じてもらって、違いが出てくる応答を拾ってみたり、

本人がこれしんどいなーといあ、不安定なところを快適にして、自分でコントロールできる範疇に調整してみたり、

凄い頑張ってるところを肩代わりしてみて、

そんなに頑張らないでも良かったらどんな動きの繋がり見つけられますか?

って聞いてみたりとか、

動きの方向性だけでも感じてみたり。

 

 

結局の所アシストとしてhands-onしている先に

何を感じて、動いているのか?を捉えて

何を知ってもらうとより多様性を見つけられるのかを快適に運動学習ができる状況の中で探求していく。

ただそれだけなのかなー。と。

 

これ意識してやったら、

前回ブログの統合失調症の方が、

自分から鼻水出てきたので、ティッシュ頂けませんか?って顔を赤らめながら、助けを求めてくれました。

多分鼻水でそうでも、くしゃみしたくても表出するのが怖くてできなかったんだと思う。

それが人前でできて、しかも他人を頼るという

多様性を見つけられたのです。

 

笑顔でありがとう😊と行っているではありませんか!!!

この繰り返しですね。

 

この経験が本人の日常生活レベル、人と人の関係性レベルの繋がりを発展させていくキッカケにしていきたいものです。

 

嬉しいね😃

 

シンプルラーニング 実践 精神疾患の方との関わり

シンプルラーニングの実践 気づき

統合失調症の方との関わりで気づいたこと」

 

 

 

日常生活もままならない。妄想や幻覚がひどく、問題を一人で解決していくことが難しく、徘徊。いつも誰かに追われているような感じで、家に戻るのも怖い時がある。

大変な時に、他者の手を借りることもできない。

 

 

 

このような方と数か月以上、関わってきて気づいたその人の傾向は、

 

 

〇自分は現実の世界を受け入れるということができないという繰り返しにより、本当は受け入れるチャンスはいくらでもあるのに、身を閉ざしてしまっている傾向。        

自分から自分は他者と関わることがそもそもできないと決めつけてしまっている

 

〇相反して人から言われたことを守ろうとして必死になってしまう傾向がつらい

 

〇自分の感情や感じたことを表出することができない!?と確信している。

 出すことがしんどいと思っているのか?そもそも自分というものが存在しているのか?すら迷っているのか??

 

ざっと挙げるとこんな感じ。

 

 

 

 

 

そのような方にまず触れるという行為をしようにも、まず負の感情から入られるので変化を受け付けません。

 

だからといって、言語的なコミュニケーションをとろうにも、そんなこと考えたこともないので細かく聞かれても分かりません。

 

分からないことを強要しないで下さいといわんばかり。

 

立って下さい。

歩いて下さい。だと難しいので

寝返ってください。 

足を立ててください。  

肘を曲げてください。  

指を曲げてください。

どんどん動きのタスクを簡単にしていっても、なんだか誰かに無理やり操られているかのように、ぎこちない動きをしている。 

本人は特に気にしていない・・

 

 

 

そんな方にとって関わりと意識したことは・・・

①その人が居心地の良い環境づくり

 

②無意識レベルのコミュニケーション

 

③しんどいと思う反応をしている時には、一緒にしんどさを調整しながら味わってみた

 

 

 

①居心地の良さ 

楽でいられるポジショニング

地球の力である重力と床と自分の身体が折り合いがつくようにセッティング。

 

重要なのは、そこから本人が何だか動いていきやすくなる準備ができるような状況にすること。 

 

→かくいうこの方は、あおむけを好んでいた。よく仰向けを見て触れると・・・ 

 

仰向けだと、重力に抗うと色々な所に余分な力を入れていたり。

 

 床に身体を預けるのを怖がって床から落ちるんじゃないか?という逃避的な応答があった。

 

これではどこにも身を預けるものがなく、自分の身体の中に力を入れてそれを拠り所にしているよう。宇宙空間に放り出されているような状態。

 

何も今の自分の位置を定位し、実感として存在していないかのよう。

 

横向きにしてあげて頭の枕やタオルを工夫しながら、 その方が接触している環境の全て

のものが、快適な床になるように調整。  

 

その状態に適応し、変化を受け入れる応答が見られてきてから、やっと触れるという行為を使用した。

 

→そして大事だったのは無理に目を合わさないこと。

受け入れてもいない人と目を合わす

こと自体、それだけでストレス。

 

②無意識レベルの応答

言葉でのコミュニケーションが極端に苦手。

環境を整備すれば、学びを深めていける前提を発見できたので、ここからは本人が何をしたいのか?を一緒に探求する適応応答の出番。

 

→本人の応答に沿っている時は気持ちよーく動くんだけど。

少しでもこちらの誘導したい欲が表出されると、相手は拒否的な応答を見せる。 

 

拒否的な応答があったとしても、あちゃーやっちまったとなる必要もなく、嫌がっているのね。まっているからどう動きたいか教えてね。

 

 

はは、なんか嫌がってるの?混乱しているだけか?

 

と無意識レベルでの会話を楽しむくらいのイメージで入っていくと本当に会話をしているみたい。  

これが相手を知り・自分を知ってもらい共有する作業なのかな。

 

 

③しんどさを味わう

しんどさを出さないことも簡単にしていくということで大事です。

が、

簡単にした所でご本人の余裕や隙間をつくっていった中で、ちょっとしたしんどさを味合わせます。

すると、

感から思考へと発展し、

ちょっと先生つらいです。と表出してくれるようになる。

 

辛いと言われてうれしがる自分。

頭おかしいかもしれませんが、

この方にとって、つらいということを自己表出してくれること自体その人にとっての大きな変化なのである。

 

 

 

ここまで来たら相手の主体が出てきている証拠なので、ちょっとした比較でより楽な方を見つけていく作業ができます。

 

 

するとですね。いやなことはいやといってくれるようになって、

この動きはしんどいのでやりません。

とばりに拒否をしてくることが多くなりましたが、言語的なコミュニケーションをとることができたり、目を合わせてくれることも出てきました。

 

そして一番うれしいのがリハの介入が終わって別れた後の動きがウキウキ感のある歩き方をしているので、それで良いかと。

 

自分が連休中でリハ時間がいつもの時間と変わった時の話ですが、身体朝から動かさないと暇ですねーと看護師さんに自分から話かけるという大変化。

 

ちょっとした変化を見逃さないでいると、それが積み重なって大きな変化になるのだと

思った出来事。

 

人はそもそも変われるのではなく、そもそも刻々と変わっているもの。それに気づいていけるかどうか・・・。